ぽー&きぃ

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2017年 12月 29日

浪江町給餌同行 【その2】


浪江町給餌同行 【その1】はこちら

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▲2015年3月に完成した大平山霊園
大津波で流された請戸など被災地区のお墓もこちらに移されたようです。

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▲昨年春の被災地ツアー時の画像。請戸の慰霊の場になっていたのだと思います。

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▲現在、この霊園の一画に移されて祀られています。

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▲これだと、この先お墓をお参りする家族にずっと伝わりますね。
震災後の前を向いている気持ちも伝わってきます。

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▲墓地を背にしてこの春慰霊碑が建てられました。
画像右上の建物は請戸小学校。
震災の日、児童たちが走って逃げたのがこの大平山だったようです。

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▲海側には碑文が。

慰霊碑碑文

平成二十三年(西暦二〇一一)三月十一日
午後二時四十六分、福島・宮城・岩手を中心
に最大震度七の地震が発生した。この地震に
より家屋は倒壊し、道路は寸断された。その
約四十分後に浪江町沿岸に津波の第一波が到
達した。第二波が襲来した後、さらに高さ十
五mを超す大津波が町を襲った。住民にはこ
れまで大津波被災の記憶はなく、避難が遅れ
大津波に驚愕し、請戸・中浜・両竹・南棚塩
の集落は全てのみ込まれた。
 
 翌十二日には東京電力福島第一原子力発電
所の事故により、国から避難指示が発令され
たため、住民は避難を余儀なくされ、捜索や
救助を断念せざるをえなかった。この地震と
津波により住民百八十二名の尊い命が失わ
れた。私達は、災害は再び必ずやってくるこ
とを忘れてはならない。
 
 ここは太古の昔から人が住み、青い海と白
い砂浜の眺望できる所である。この地に、犠
牲者の御霊を慰めるとともに、先人が愛した
豊穣の大地と海を慈しみ、浪江町の復興を願
い、この碑を建立する。

平成二十九年三月十一日 建立者 浪江町

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▲墓地の側には亡くなった182名の名前が刻まれています。



お昼は浪江町仮設商業施設「まち・なみ・まるしぇ」で。
http://sosobureau.yumesoso.jp/archives/14785
この日は「カフェコスモス」のみの営業で浪江焼きそばはお休みで残念。
キノコパスタセットを注文したけれど、
お腹が空いてたからか、お喋りに夢中だったからか画像無しです。


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▲昼食後、給餌再開。 Iさんのポイント。フードは床下に。


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▲Hさんのポイント
この時、散歩中の住民の方が通りかかられて…

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▲ぽこさん、早速声をかけてお話を伺いました。
震災時、この方(Sさん)は犬さんを同行避難されたそうです。

現在は災害復興住宅を借りておられるようですが、
そこは犬の飼育が認められておらず
避難指示解除後は自宅に連れ帰ってきたそうです。
その犬さんも数ヶ月前に亡くなったそうですが。

いつも給餌に同行していてぽこさんに感心します。
単に給餌だけでなく、地元に深い関心を寄せ
(なので常日頃からローカルニュースにも敏感。)
出会った人たちにもすぐに積極的に話しかけ
コミュニケーションを取られるのです^^


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▲震災前、浪江町で学習塾をされていたご夫婦が出版された本。
ペットと同行避難した浪江町の方が、絵本を出版!

この本をこの時のSさんにぽこさんが差し上げました。
Sさんもこの学習塾のことをよくご存知のようでした。

そして、私も今回、一冊戴きました^^
あの震災時の緊迫感、郡山の私達のそれとでは
比較にならないほどの大変なものであったでしょうが、
読んでいて、思わずあの時の状況が蘇り、胸がざわつきました。


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▲Hさんのポイント
現在、個人で多くの保護猫さんを抱えておられる
みやさん宅にいる猫の「ひゅうま」は、
ここでHさんの一時帰宅の折に保護されたようです。


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▲大堀小学校のポイント
カメラマン太田康介さん(うちのとらまる)の給餌器です。
フードは全然減っていませんでした。
なので監視カメラを掛けているところです。
ぽこさん、身軽にブロックの上に乗り作業してます。
ほんとにこの足元を気にしない身軽さ&器用さにも感心してしまう…

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▲町営住宅に設置されてる太田式給餌器。
野生動物が給餌器に入り込まぬよう
入口の大きさをギリギリまで小さくされて
苦心されてるのがよく伝わります。

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▲これで、この日の給餌を全て終えました。


帰りは国道6号線(帰還困難区域は4輪は通行可、2輪と歩行者は不可)を通って富岡をまわりました。
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▲JR富岡駅
昨年春の被災地ツアー時には解体されて更地でしたが、
元の場所から僅かに北寄りに新しい駅舎が出来てました。
今年10月に富岡ー竜田駅間が6年7ヶ月ぶりに運転再開され、
これで常磐線の不通区間は富岡ー浪江駅間の20.8キロのみとなったようです。


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▲富岡駅近くで、こんなに気合いの入ったXmasイルミネーションのお宅が☆

ご主人は富岡で仕事されてるのでここで独り住まい。
家族はいわきにお住まいで、週末だけ帰って来るのだそうです。
私達も歓迎されましたが(熱い珈琲もご馳走になって^^)
せっかくの力作、多くの方に見て貰いたい筈です。
29日までとか。うわ、もう29日になってしまった…

現在の富岡町の帰還率は2.3%、浪江町は2.0%…

さすがの浜通り。郡山と違って温暖で風も冷たくなくて
こんなに良いところから避難をせざるを得なかった浜通りの人たちの悔しさ…
そのことにずっと思いを巡らせながらの一日でした。


今年も残り僅かとなりました。
稚拙で更新頻度のめちゃくちゃ低いこのブログ。
来て下さった方に感謝です。有難うございました!
どうぞよいお年をお迎え下さい^_^



by peau0320 | 2017-12-29 00:11 | 被災地給餌同行
2017年 12月 28日

浪江町給餌同行 【その1】


先日12月23日、かつらお動物見守り隊のぽこさんに誘われて
原発被災地の給餌に同行しました。
今回はいつもの葛尾村ではなくて浪江町でした。

浪江町は昨年春、ぽこさんの被災地ツアーに参加して以来です。
その時はぽこさんが許可証を取って下さったので町に入れました。
今回は、今春の避難指示解除(帰還困難区域を除いて)があったので
許可証の必要はもうありませんでした。


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▲Hさんのポイント

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▲今回はぽこさんの車が故障し、
買い替えの車がまだ届かなかった為、私の車での給餌でした。(運転はぽこさん。)

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▲防護服を着ているのは、枯れ草が衣服にくっつくのを避ける為です。
これ、取り除くのがとても厄介で、チクチクもして意外と痛いのです^^;

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▲フードは減っていたものの、
監視カメラの角度が悪くてよく写っていなかった為、
カメラの角度を調整して再度掛け直しているところです。

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▲Tさんのポイント

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▲Eさんのポイント


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▲この日は葛尾村の給餌も予定に入っていました。
でも、前日、連携のボラさんが葛尾村の給餌に入って下さったので
この日は浪江町だけの給餌となり、時間的に余裕が出来、請戸海岸に来てみました。

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▲これは昨年春の被災地ツアー時の画像。ほぼ同じ場所です。
流された家々の基礎部分がまだ残っていました。

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▲請戸の漁港。まだ操業出来ていません。

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▲被災前 平成23年2月

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▲被災直後 平成23年3月

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▲請戸小学校
海岸から約300m、福島第一原発から6キロの場所。
あの地震の際、80人の児童は先生の指示で
高台の大平山に向かって走って逃げて、全員無事だったそうです。
現在、雨と潮風で劣化が進み、立ち入り禁止となっています。

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▲教室のベランダからきっと当たり前のように見えていたであろう福島第一原発。


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▲浪江町と双葉町の境界
ゲートの向こうは今も帰還困難区域の双葉町。

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▲ゲートのお兄さんに何の工事かと尋ねたけれど、ご存知無く。
そんなものかなぁ… (いわきの方とのことでしたが。)
「県・浪江町・双葉町で連携して復興祈念公園を計画している。」とぽこさんがご存知でした。


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▲これは海の家だったのか、ホテルだったのか…

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▲ガードレールで仕切られた向こうは帰還困難区域の双葉町。


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▲浪江町の除染廃棄物仮置き場は殆どこのように白い壁で囲われてました。



長くなりそうなので【その2】に続きます。


by peau0320 | 2017-12-28 23:41 | 被災地給餌同行
2017年 12月 19日

2017年12月 久々のアメリカ


いまだに主人に懐かない猫「しぃ」がいるので、
しぃのお口の状態は1ヶ月〜2ヶ月の周期で悪くなるので、
泊まりがけの外出はなかなか決心がつかなかったし、
決心がついてもその計画を前もっては立てられませんでした。

で、しぃの調子が良いタイミングを見計らってやっと決めたのが出発3週間前。
行き先はアメリカの娘家族のもと。約2年半ぶり。5泊7日。
そして駆け足で戻りました。

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▲12月6日、夕方5時過ぎの全日空でシカゴへ。

娘家族の住まいがあるミルウォーキーは
シカゴオヘア空港から娘の車で1.5時間の距離。

上の孫とはこの夏の来日以来。
僅か5ヶ月の間に随分とお兄ちゃんになっていました^^
下の孫とは昨年の生後10ヶ月での来日以来。
まだ歩けなかった赤ん坊が元気の良い幼児になってて
愛くるしいことこの上無しでした^^
子供の成長の早さにはしみじみ驚くばかりで
思いきって出かけて、ほんとに良かったです^^


▼さて、娘の家の猫はというと…
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▲「たじころ」と呼んでいた3匹の(タロ、ジロ、コロ)のうち
上のタロとジロが順に亡くなり、今ではコロ1匹になってます。
そのコロちゃん、以前は日がな外ばかり見てて全然懐いて来ない、
触らせてくれない猫さんだったのに
現在ではスリゴロ猫さんに大変貌!!^^
葛尾村の「とらじ」と同じタイプのようです^^

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▲体重は多分10キロはありそう…
タロもジロも大きかったし(特にジロは巨大猫!)
アメリカの猫って皆こうなのかしら??
この2年間、ずっとダイエットを続けていると娘は言うけれど、
その効果は見えず、歩き方もヨタヨタ。
葛尾村の犬のポチと肥満ぶりがソックリでした^^;


▼ミルウォーキー滞在中、1泊2日だけこれも大急ぎで娘とNYへ。
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▲ホテルの窓から。イエローキャブが沢山。

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▲ブライアント公園のスケートリンク

子供たちが小さい頃、親子でそれぞれスケートを習ったことがあります。
それを思い出したら、無性に滑りたくなりましたが^^


▼この後、私はメトロポリタン美術館に、娘は買い物にと別行動。
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▼ある程度当たりを付けて、
とんでもなく大きな美術館の中を移動していたら
いきなりフェルメールの3点が目の前に現れました。
オランダのデンハーグにあるマウリッツハイス美術館でもそうでした。
誰もいない少し暗い部屋の中にひっそりと並んでいました。
すごい贅沢な時間で心の中はドキドキ… でも部屋の中は静寂そのものでした。

限られた時間だったので
この後は主に19世紀から20世紀初頭のヨーロッパ絵画だけを観ました。
とにかく作品の充実度には驚くばかりで…

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▲ドガだけでも一部屋で終わらなくて、こんな作品もあるのです。


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▲ゴッホの激しい絵筆の痕は観ていて胸が苦しくなるほど。
ゴッホの半生を本で読んだり映画で見たりしてきてるからでしょう。



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▲境遇は一切知らないし、そのようなことを抜きにして、
以前から好きなのはピサロやシスレーです^^
多分、写真を撮ったりする際、構図を無意識のうちに
こういう画家の作品を参考にしていたかもとよく思います。

因みに娘が好きなのはラウル・デュフィだと今回初めて知りました。
かなり、ナットク^^


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▲メトロポリタン美術館正面入口
美術館からの帰りは娘がタクシーで迎えに来てくれました。
往きもUberでちゃっちゃと車を手配してくれたし、
今回のNYまでの航空チケット、ホテル、タクシー等々、
すべて娘が出してくれました。
う〜〜ん、昔と逆転したなぁ、とここでもしみじみ。
自分の年齢を考えたこの日だったけれど、遠慮なく娘に甘えました^^


▼夕食は平日にも関わらずどこのレストランも満席。
世界最大の都市NY。観光客の数もはんぱないのでしょう。
でも偶々見つけたホテル近くのブラッスリーにやっと席がありました^^
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▲デザートは手前のウッフ・ア・ラ・ネージュとタルトタタン
「ウッフ…」は1991年、オルセー美術館のレストランで初めて出会ったデザート。
久々で感激でした^^

食事はどれもすべて美味しくて、アメリカはまずい…は、しっかり払拭されました^^
でもお高いです^^;


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▲ロックフェラーセンターのスケートリンク

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▲デパートの壁面いっぱいのクリスマスイルミ


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▲ここがかの有名なカーネギーホール


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▲五番街のティファニーとその隣がトランプタワー
向かい側の歩道から沢山の観光客がしきりにスマホを向けてて…
なんだかなと思ったけれど、私にしたところで充分にお上りさんでした^^;


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デパートのショーウインドーにディスプレイされたディズニーの世界。
そこに映り込む超高層ビル。

以前だったら、超高層ビルの建ち並ぶNYを超広角で嬉々として撮ったのだろうけど、
今では寒さが勝ってカメラをケースから出すのも億劫。
手軽にスマホで目に映るものをただ撮って済ませたという体たらくでした^^;



ミルウォーキーに戻ってからは再び孫たちやコロの写真を撮ったり、
娘にカードケースの作り方を教えたり。
楽しい時間は瞬く間に過ぎました。


▼で、12月11日の早朝にはシカゴのオヘア空港に。
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▲電飾の美しい動く通路を通り…

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▲モノトーンが美しいエスカレーターを上り
2年半ぶりにいつものCコンコースへ向かい帰国便に乗りました。
(前回はきぃが亡くなった後の2015年6月でした。)


しぃのことが気になって、なかなか出かける決心がつかなかったけれど
思いきって出かけ、孫たちの成長を間近に見れて、一緒の時間を過ごせて幸せでした。
快く留守番を引き受けてくれて出してくれた主人に感謝です^^



で、ほぼ1週間ぶりに私の顔を見た途端、しぃは… 逃げました!^^;
まるで知らない人が来た時のようにです。
約2時間、遠巻きに様子を窺っていたのが少しずつ距離を縮め、ストンと膝に。
いつものしぃに戻りました^^






by peau0320 | 2017-12-19 17:01 |