2012年 05月 15日
動物救護シェルターの猫さんたち Ⅱ
気候が良くなって、猫さんたちの部屋に網戸が付きました。


窓を開けたら、皆一斉に窓辺に駆け寄ったとか!
そりゃあ、外を見たいよね^^
外の空気を吸いたいよね^^

3月14日に撮ったシャムMIXのサンと白黒のプー之助。
私の膝の上。ノーファインダーで何枚か試しながら撮った中の一枚。
この二匹、とても仲が良くて、同じ里親さんの元にと願っていました。
一旦は、別々の里親さん宅に引き取られたのですが、
サンのお宅で子供さんに猫アレルギーが出て・・・
プー之助の里親さんのご厚意と
にゃんだーガード@福島のスタッフさんの熱意が見事に結実して
サンとプー之助は同じ里親さんの元で暮らせることになりました!☆
運の強い子たちです。この先は離れることなく、長く幸せに暮らせますように^^
詳細はこちらで。


にゃんだーガードのシェルターは日毎に保護している犬猫さんの数が増えています。
現在二つのシェルター併せて77匹とか。
その中にいる可愛い猫の親子の紹介を^^ 
仔猫たちは4月8日生まれ(生後5週間余り)。
4月24日に三春のシェルターに来ました。
母親のミモザとその子供たち。

被災地から救護された子たちではありません。いわき市在住の方からの持ち込み。
先日、その元保護主さんがシェルターに様子を見に来られました^^
保健所送りを危惧されて、後先を考えずに野良さん親子を保護したものの
ご自身もお一人で高齢の親の介護をされていて困り果て・・・
にゃんだーに引き受けていただいて感謝していますと何度も繰り返されていました。
この子たちも運の強い子!^^



この爪研ぎのある場所がお気に入りのよう。
運動能力がどんどん上がって来ていて、見るたびに出来ることが増えてる!^^

スタッフさんに目を拭いてもらっています^^ 
完全におまかせ状態(笑) お腹が可愛い^^

この子は爪を切ってもらうところ。
それにしてもスタッフさんの手の甲・・・ 日頃の奮闘ぶりが伺えます^^





あれ? 後ろで黄昏れてる子がいる・・・?(笑)



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なんともはや、全然こちらを向いてくれないきぃ^^;
門柱に乗るようリクエストしたのに応じてくれないし。
最近飼い主が留守にすること多いからなぁ・・・
ちょっと遅れましたが、5月5日で13歳になりました。
でも、とてもそんなトシには見えないくらい元気です^^    (iPhone)

# by peau0320 | 2012-05-15 21:01
2012年 05月 05日
嬉しい袋物^^

昨年の夏、半壊した家の修理をした際に、
和箪笥の中身を喪服を除いてすべて伊豆の旅友達に送りました。
姉と分け合った亡母の着物と帯、そして子供の頃の着物と帯もです。
箪笥の肥やしになったまま日の目を見ないでいるより
袋物作りを趣味としている彼女に使っていただいた方がいいと考えたから。

で、まず姉に、と母の着物や帯が小物類となって届きました。
(その写真をどうして撮っておかなかったのか、母の生地なので
とても渋くていい感じだったのです。残念、残念!)
今回は子供の頃の着物が大中小のポーチと眼鏡ケースになって届きました♪
箱の外にあるのは彼女には珍しい手持ちの猫柄の生地で小さな手提げ。
ぽーが草むらに隠れてたりして・・・と。ほ~んと、ぽーだねぇ^^

これらの袋物類、特にポーチは何かと役に立つ有難い小物です。
因みにぽーが収まってるロケットやピルケースを入れている
リバティの小さなポーチも、彼女に作っていただいたものです^^


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震災から一年の頃は、震災関連の、特に原発関連の書物のコーナーは
本屋さんの入り口近くにあったのに、今では別の目立たぬ位置に。
それでもそのコーナーが残ってるだけでもましなのかな?
その中で手にした一冊の写真集。
パラパラめくって、見開きで載ってる或る一枚に胸を突かれました。(P72~P73)
気仙沼の瓦礫の山に向かって深々と体を折って祈っている一人のお坊さん。
結局、写真集は元の場所に戻せず、買って帰りました。

原発関連に神経をすり減らしてきたこの一年余りでしたが、
津波被災地のことを思わなかったわけでなく、
この写真集を見て、更に強く実際この目で見ておきたいと考えました。
で、先日、ももちゃんの飼い主さんの車に乗せていただいて、それが実現。
宮城県の被災地(石巻港周辺、女川、奥松島)に行ってきました。
女川  高台の住宅以外、残っているのは家々の基礎だけ。       (iPhone)

現地に立つと、津波被害の現実を改めて「どんっ!」と突きつけられます。
水の力に対する恐怖感にも襲われます。
石巻港近辺の住宅地は高台がまるでない平坦な土地。
あれでは逃げようがありません。
TVの映像では見た記憶がない奥松島。入り江近くには
何軒もの民宿もあったであろうに、まったく残っていません。
福島県以外は少しは復興が進んでいると思ってましたが、とんでもない。
全てを津波に持っていかれた人の気持ちに幾らかは触れたと思える一日でした。
同時に、時間の経過とともに少しずつ馴らされて来ている
目に見えない放射能の始末の悪さをも改めて思いました。

# by peau0320 | 2012-05-05 19:53
2012年 04月 21日
さくらの季節
こらこら、きぃさん、何処に行くの?              (iPhone)


・・・ん? なんできぃが三春のシェルターにいるんだ・・・?
おまけにピンクの首輪なんぞして・・・

・・・なわけありません。
きぃではなくて、シェルターの猫さん「トミー」です^^
この子はきぃのような白いソックスは履いていません。

きぃよりトミーの方がよほど精悍な顔をしています。
きぃは単にキツネ顔なだけ^^

トミーの後ろはナミオ。
この二匹、今日揃って同じ里親さん宅に向かった筈です^^



昨年、悲痛な思いのままぽー&きぃと沼津に避難をし、
郡山に戻ったのが4月17日。
多分桜が咲いていた筈だったのですが・・・
どうにも昨年の郡山の桜は思い出せません。
桜に目をやる余裕はまったくなかったですね。

沼津ではまるで別世界のように感じられる
桜の季節がありましたけど・・・
やはり桜を愛でる気分には到底なれなくて。

桜の花そのものに対しては拒絶する気分だったけれど
たまたま耳にした森山直太朗さんの「さくら」にだけは
強く反応して、涙をぼろぼろ流して聴き入りました。
きっとこの先も「さくら」を聴くたびに
2011年のさくらの季節を思うのだろうな。

さて今年は・・・
三春の動物救護シェルターへは288号線を行きます。
三春の滝桜の子供や孫の木が途中そちこちに点在しています。
それらの花芽が日毎にどんどん赤く色づいてきていて、
木によっては咲き始めているものもあり、
それらを見るのを楽しみながら車を走らせています。
でも・・・ 積極的に桜を撮りにいく気持ちにはまだかなぁ。

# by peau0320 | 2012-04-21 21:51
2012年 03月 20日
17歳^^
私のiPhoneです。
2010年4月にiPhoneアプリのMoreLomoで撮って以来、ずっとこれを壁紙に。
今日3月20日は、生きていればぽーの17歳の誕生日です。

ぽーは大食だったので食料(ウエット)や猫砂の消費量は半端じゃありませんでした^^
今はそれらがなくなったので、代わりにお花は欠かしません。
リバティの布地のポーチにはロケットペンダントとピルケースが入っています。
長時間の外出や泊まりがけで出かける時には必ず持ちます(身に着けます)。
ぽーが爪研ぎに使っていたキャットタワーは、現在私のベッドの脇にあります。
毎晩そこにぽーを連れて行きます。
本人はもういい加減にしてよと思ってるでしょうが、
ごく当たり前の習慣になってしまっていて、やめられません^^

ぽーの写真を過去のフォルダから探し出してくるという作業、
なかなかその気にならなくて時間が経過しました。
何故か逆のようだけれど、元気な時のぽーを見るのは辛くて、
具合が悪くなってからのぽーの写真ばかりを繰り返し愛おしく眺めていました。
2011年9月6日のものです。


いつの間にここに上ったの? よく上れたね!^^ 虫を追いかけたの?
正面から見ると、やっぱりやつれて、ほんとに小さくなってるね・・・。 


で、誕生日を機に過去の写真を少し集めました。
この写真が好きです^^ 2005年4月のもの。
まだ若くて目も澄んでいて、ほんとに可愛い^^
既に10歳だけど、なんだか眩しいくらい若い^^

以下もすべてこのブログにアップしたものばかりですが、
余り記憶に残っていなくて、でも今回いいなと思ったので^^






2006年2月のもの。こんなに丸々してたんだね^^







今ではこれらの過去の写真も寧ろ愛おしく何度でも眺めています。
時間薬が効いてきていますかね^^

# by peau0320 | 2012-03-20 22:55 | ぽー&きぃ
2012年 03月 16日
動物救護シェルターの猫さんたち
足首の調子は元には戻りきれていませんが、
まぁまぁ支障なく歩けるので
三月上旬からまた三春の動物救護シェルターでの
お手伝いに戻っています。
(私と同じ頃に靭帯損傷と報じられたサッカーの選手は
信じられないことにもうとっくに試合復帰してます。
若さなのか普段の鍛え方が違うからなのか・・・)

朝夕の猫さんの部屋の掃除や食事の世話は
時間帯を合わせられないので殆ど関われません。
なので私の仕事は主に皆さんの食事作りと台所や
シェルター内の掃除です。

で、春休みで学生のボラさんが多いこともあり、
時間的に余裕が生まれ、午後のひとときは
猫部屋に小さなカメラを持って訪ねたりもします。
午後は猫さん達が一番眠い時間帯。
それでも、猫のことですから、日によっては
眠ってばかりでなく訪問者を歓迎してくれます^^

皆さんの熱くて温かい力が集まって、
かつての旅館の客室が、
遊び心もある楽しい猫部屋に変身しています。
殆どが原発事故の警戒区域内で長く過酷な時間を
過ごしてきた子たちですが、
そういうことをまるで感じさせないほどの
穏やかな時間がここには流れています。
人の力が集まるって、ほんとに凄いことです。

どの部屋にも手作りのキャットウォークと猫トイレ、
ペットヒーター付きの猫ベッド、ホットカーペットに炬燵、
そして空気清浄機が備わっています。

ここの手作りの猫トイレはペーパーホルダー付き!(笑) ⇒



この子たちの詳細はにゃんだーガード@福島をご覧下さい。

今、こうして恵まれた環境に保護されてる猫さん達ですが、
お世話をするボラさんは日々変わります。
猫部屋に入ると、甘え上手な子や小さな子はいそいそと膝に乗ってきますが、
甘え下手な子も人恋しく思ってるのは同じ筈と思います。
やはり家族の一員として迎えられる日が早く来ますように。
中には写真のように羨ましいほど仲の良い子がいます。
なんとか一緒に迎えて貰えますようにと願わずにいられません。
また預かり猫さんも元の家族との暮らしに早く戻れますように。



震災から一年が過ぎました。
まぁとにかく、我が家の場合も環境の除染、
先の見えない娘達の避難生活など、何一つ進展していません。
三春のシェルターで動いていると、それら諸々のことを忘れます。
悪く言えば現実逃避。それを思うと、
また気持ちが落ち着かなくなるのですが。

# by peau0320 | 2012-03-16 17:17
2012年 02月 23日
雪どけ
う〜〜ん、向こうの景色、変わっちゃったね・・・








昨日は暖かくて、僅かに残っていた雪を崩しながら
久々に玄関周りの掃除。
サンルームから飛び出してきたきぃを
持ってたiPhoneでこれまた久々に撮りました。

きぃですが・・・
昨年7月31日、4ヶ月半の屋内生活にけりをつけて
元のサンルーム(外出自由付き)に戻しました。
久し振りに外に出たきぃ、まず庭で、
それはそれは気持ち良さげに長々とおシッコを。
それを見ても飼い主の気持ちは
大人げないことにきぃに対して冷えきっていて、
それが年を明けてもまだ続いていたのですが・・・

三春の動物シェルターで犬猫さんと接しているうちに
ごくごく自然に、なんていうかまるで雪が溶けるように、
きぃに向かい合えるようになってきました^^
そういう意味でもシェルターでのお手伝いは自分にとって
プラスに働いてると思います^^
でも思わぬ足の捻挫で靭帯損傷。
ここしばらくお手伝いに行けてません。
痛い足をかばって、腰の調子まで悪くして、
まったく思うようには行かないものです。

# by peau0320 | 2012-02-23 16:55 | ぽー&きぃ
2012年 01月 30日
漸くです^^
40年近いお付き合いの友人が
私が撮った画像をもとにして絵を描いて下さいました。

我が家の二階西側の窓から見える北西の方向の風景です。
現地も一度見てから描いて下さいました。
探したら、昨年1月26日にその画像をブログにアップしてました。

裏の耕作放棄地からの放射線が気になり、昨年の夏の終わり以降、
二階西側の窓のカーテンは開けてません。
(カーテンで遮蔽出来るわけでは全然ないけど気分的に、です。)
ここからの四季折々の風景がとても好きだったので
この絵は本当に嬉しいです。毎日この絵を眺めてます^^


自分でも出来ること・・・ 見つけてはいたけれど、
なかなか踏み出せずにいました。
でも、そっと背中を押してくれる人たちがいたし、
もうぽーに留守番をさせることもなくなったので、
漸く一歩前に、です^^

ここ動物+救護 にゃんだーガードで10日余り前から
平日一日おきくらいのペースでお手伝いをしてます。
皆さん、驚くほど遠くから、貴重な時間とお金を使って
お手伝いに来て下さってます。
たいしたことなど全く出来ないけれど、
身体を動かしていることで心が落ち着くし、
猫さんや犬さんとの触れ合いがあり、
人との触れ合いもあり、ありがたく思っています。

# by peau0320 | 2012-01-30 22:24
2011年 12月 24日
ありがとうございました。


今年も残り僅かとなりました。
2月末に雲南省の撮影旅行に行き、
呑気に写真の整理をしているところにあの大震災。
すべてが一変しました。
でも結局は苛立つばかりで、気持ちが内にこもり、
誰に手を貸すこともできず、
9ヶ月余りが瞬く間に過ぎ去りました。
季節毎の庭の花々や田んぼの風景の移ろいに
目をやることもカメラを向けることもありませんでした。
唯一、必死になって奔走したのは、ぽーの看病だけ。

たくさんの方々にご心配いただいたことに感謝しています。
有難うございました。
来年はもっと気持ちを解放させたいと思っています。
またカメラをやりたいという気持ちもフツフツと。
では皆さま、年末年始をお元気でお過ごしください。

# by peau0320 | 2011-12-24 21:47
2011年 10月 25日
ぽー

長くお休みをしています。ご報告です。
一ヶ月前の9月25日、
私の腕の中でぽーが力尽きました。
主人とももちゃんの飼い主さんも見守る中でした。
最後の3日間は一睡も出来なかったぽー。
ぽーはやっと楽になれました。
ぽーの苦しい時間は終わりました。

こんなに小さな箱に収まってしまいました。





7月下旬、
潰瘍のレベルではないと獣医さんに言われて以来、
食べ物の好みは次々と変わり、
摂取量もどんどん落ちたものの
食欲は最後まで失いませんでした。
食いしん坊のぽーならではでしたが、
これは飼い主にとって本当に嬉しいことでした。
食べられなくなったらおしまいと飼い主も必死でした。
食べてくれてありがとうと毎日祈る思いでした。

最後の数日は胸水が溜まって肺を圧迫し、
口を開閉しての苦しい呼吸となりました。
そうなっても飼い主は限界を認められず
嫌がるお薬を続けてしまいました。
ぽーの苦しい時間が終わったのは、
その投薬をやめて3日目でした。
どうすればぽーにとって一番良かったのか、
思い返すと苦しくなります。答えが出ません。



やっと楽な姿勢で深い眠りにつけたぽーです。
穏やかでとても可愛いくて、
悲しかったけれどもこの姿と表情に安堵もしました。


ぽーこ、苦しいのに頑張ってくれてありがとう。
おまえはきぃのように懐っこくは全然なかったけれど
常にお母さんの姿を探してた。甘え下手なだけだった。
神経も太いように見えて、実は細かった。
それでいてマイペースで我儘の限りも尽くした。
つまりはとても猫らしい猫だった。
特別褒めるようなところなんて一つもなかったけれど
そんなことはどうでもいい。
我が家にとって、やっぱりおまえが一番ということに
今頃気づいてしまっている。
おまえに出会えてよかった。
16年も一緒にいてくれて、ほんとにありがとう。

# by peau0320 | 2011-10-25 15:50 | ぽー&きぃ
2011年 07月 26日
しばらくブログお休みします。


次々と忙しいことが重なっていて、余裕がありません。
その上、ぽーの体調がよくありません。
7月10日あたりからいつもの食事を嫌がるようになり、
元気を失くしてました。暑さの所為かと思っていましたが、
吐くことが多くなり、吐いたものに血が混じるようになりました。
そしてこれまでにはまったくなかった下痢も始まりました。
黄疸もひどくて、昨日の獣医師の診断では、もはや潰瘍のレベルではないと。
この年齢だから無理な検査も出来ない。対症療法で対応しましょうということに。
で、点滴、下痢止めなどの注射、胃を保護する薬の投与などを受けたら、
食欲も出て、小さな声を時折上げて床の上で転がってみたり。
この場でのこんな姿、ほんとに久々に見ます。

昨日の医師の診断を聞いた時点ではかなり深刻な状況と受け止めましたが
薬の力に拠るものだろうけど、少し元気の出たぽーを見てると、
まだまだ大丈夫という気にさえなります。
でもやはり覚悟はしておかなくてはいけないのだと思ってます。

大食のぽーが食べたいのに食べられない…という状況は可哀相でした。
欲しがるものなら何でも食べさせて下さいと。
で、連日の医者通い、投薬、食事などぽーに構う時間が多くなり
きぃの尿スプレー、マーキングが更に更に激しくなっています。
家中至る所に。今日など軽く10ヶ所以上です。
もう限界。きぃも私もです。

 
**************************************************
先日の木村真三氏の講演、
正しくは「木村真三氏と考える放射能汚染 in 郡山」でした。
以前情報がなくて拝聴できず残念な思いをしてましたが、
今回は前日に情報をいただけたので出かけることが出来ました。
講演会というよりは少人数に対する講義という感じでした。
(木村氏もそれをご希望。)
で、放射能の講義はまさに内容として難しい点もあったのですが
日ごろ気になっていた今の状況に対する考え方や実践面での要点を、
原子力資料情報室で配信されたUSTREAMで聴いたことも併せて
少しだけ簡単に列挙してみると・・・

*福島県内でも線量の濃淡があるので、子供を持つ人は
何も県外に避難しなくとも県内の線量の低いところに移る
ということを考えればいいのではないか。
そうすれば家族が遠く離れることをしなくてすむ。

*許容出来る基準としては1μSv/h。木村氏個人の考えとしては
年間で許容出来る被曝量は5mSv。(但しこれは内部被曝を入れて。)

*マスクは余程風の強い日以外はもう必要ない。
現在放射性物質は殆ど浮遊していない。ヨウ素は原発周辺のみ。

*自宅の除染は高圧洗浄器でなくともデッキブラシとホースでも良い。

*個人の線量計は行政の測定ポイント3ヶ所で測ってみて、
行政の測定値との差(3ヶ所其々の差の平均を取る)を把握してから使う。

*これから線量計を買う人はγ線専用の機種を購入するのが良い。
(因みに私が注文したのもγ線専用の機種でMr.GAMMA A2700です。
当初7月25日出荷予定とあったのですが、8月中旬まで遅れると連絡あり。)

*測定は10cmと1mの高さで測るのが良い。
それで2μSv/h以上のポイントがあれば、木村氏が計測して下さるとのこと。
(木村氏は2μSv/h以上のところをホットスポットと考えておられるそうです。)

*県や市の対応を遅いと口を開けて待っていては駄目。
市民が自ら動くことが大切。

*市民が協力して市内を測定し、郡山の汚染マップをまず作ることが先決。
二本松市は既に1kmメッシュ(住宅地などは250m~500mメッシュ)での
汚染マップを作り上げた。


行政の対応が遅いと口を開けて待っていては駄目・・・
これは厳しいけれどとても正しい指摘で耳の痛いことでした。
ただ、例えば同じ町内でも被曝に対する考え方に温度差があり、
皆で一緒に行動するにはかなりのエネルギーと時間が必要。
それに・・・ 実際自宅敷地内の除染だけで、それに精神的にも
既にもうかなり疲れています。
木村氏は近い将来、郡山市に住まいを移して活動して下さるそうです。
この方や各市民団体の途切れることのないパワーに頭が下がります。


**明日から家の修復&改修工事も始まります。8月末までの予定。
しばらくブログもお休みします。**

# by peau0320 | 2011-07-26 23:44 | ぽー&きぃ


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